今回は相談事例を通じて、認知症が疑われる人の遺言作成に関する留意点について、ご紹介します。
最近、父の物忘れがひどくなってきており、同じ話を何度も繰り返すようになっています。
認知症の診断は受けていませんが、昔に比べて明らかに様子が違います。父とは同居しており、住んでいる家(父名義の不動産)を私が相続したいと考えています。ただ、兄弟とは仲が悪く、遺産分割で揉める可能性があります。遺言を書いてもらいたいのですが、父の今の状態で有効な遺言は作れるのでしょうか。
認知症の疑いがある方でも、遺言能力(意思能力)を有している限り、遺言を作成することは可能です。遺言能力とは、遺言者が自身の財産状況や相続関係を理解し、遺言内容を合理的に判断できる能力を指し、民法第963条及び第961条に基づく遺言の有効性の前提条件とされています。加えて、民法第3条の2では、「法律行為の当時に意思能力を有しない者がした法律行為は、無効とする」と規定しており、遺言もこの意思能力の有無によって有効・無効が判断されることになります。
実務上、遺言能力の有無が争われた場合には、医学的診断結果、遺言内容の複雑性、動機の合理性、作成の経緯などが総合的に評価されます。たとえば、同居している子に不動産を相続させたいという動機は生活実態に即しており合理性が認められやすく、内容も単純であれば、遺言能力が肯定される可能性は高まります。
しかし、これらの条件を満たしていても、認知症の周辺症状(妄想、せん妄、感情の不安定さなど)が強く現れている場合には、意思能力が否定され、遺言が無効と判断される可能性もあります。認知症は進行性の疾患であり、今後さらに認知能力が低下することが予想されるため、遺言の作成はできるだけ早期に行うことが望ましいといえます。
その際には、公正証書遺言の作成が有効であると考えられます。公正証書遺言は、公証人が遺言者の意思能力を確認した上で、証人2名の立会いのもとで作成されるため、形式的・実質的な信頼性が高く、後日その有効性が争われるリスクを大きく低減できます。また、原本は公証役場に保管され、家庭裁判所の検認も不要であるため、相続開始後の手続きが円滑に進みます。特に認知症の疑いがある場合には、公証人による意思能力の確認が第三者の証明となるため、遺言の有効性がある程度担保されます。
加えて、たとえ有効な遺言が存在していても、作成の経緯や背景、その内容によっては遺留分侵害額請求(民法第1046条以下)や、不当利得返還請求などの法的争いに発展する可能性があります。そのため、単に遺言を作成するだけでなく、内容や作成方法にも工夫があるとよいでしょう。
具体的には、公正証書遺言にして専門家(行政書士・司法書士・弁護士等)に関与してもらうことで、遺言作成に必要な情報の収集や、法的観点からの助言を受けることができ、より実情に則した内容の遺言を作成することができます。また、遺言書の中に「付言事項」を設け、遺言の動機や家族への感謝の言葉を添えることも対策としてよいかと思われます。
以上のことから、自宅を相続するための方法として遺言は有効な手段ですが、無効となるリスクもあることを理解した上で、公正証書遺言の活用、専門家(行政書士・司法書士・弁護士等)への依頼といった対応を行うと、よりよいかと思われます。
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